2021年入社の同期4人組
Y/管理部・趣味:新車や住宅関連情報誌の閲覧。県内で流行っている飲食店を探すこと
H/営業部・趣味:読書(漫画)
S/営業部・趣味:インドア派かつPCゲーム全般・最近DTM(デスクトップミュージックのこと)を触り始めた
T/営業部・趣味:ゴルフ
この日、当社の入社3年目の同期4人は東京ビッグサイトの自社展示ブースにいた。17時終了のアナウンスが会場内に響き渡り、第36回ものづくりワールド東京が無事終了したのだ。無事に終えた展示会に、4人の表情から力が抜ける。彼らが張りつめていたのも無理はない。何故なら和信産業は今季の展示会運営をこの4人に委ねていたからだ。気の抜けた表情で互いを労い、展示会成功の命運から解放された彼らは、後始末を終えて打ち上げの焼肉パーティへと向かっていった。
展示会が始まる約5か月前、彼らは本社の応接室に集まった。彼ら4人と本展示会でアドバイザーを勤める3人の顔合わせである。展示会への参加も初めてならば、大きな会の運営も初めてな彼ら4人に、社長から送られてきたのは3人のアドバイザー、外部アドバイザーの2人と前年度展示会運営を行ったOさんである。
まずは根本を認識しようということで、展示会とは何か、Oさんによる昨年度展示会の振り返りとともにプレゼンが始まった。
「展示会とは沢山の人と出会う3日間のお祭り」
そう称したOさんは、展示会開催に向けた進め方、他部署との連携方法、コンセプトの考え方やブース案の見つけ方を話していく。とめどなく話すOさんに同期4人は圧倒され、残り5か月で間に合うのかと不安そうな顔をちらつかせ始める。彼らは昨年一人で取りまとめたOさんに比べて人数のアドバンテージがあるが、同時に専門業務として時間と労力を確保できたOさんと違って皆が皆通常業務と並行して行う事が頭の片隅でちらついていたからだ。朗らかにどんなにあっても時間が足りないと笑うOさんとは反対に4人の顔は沈んでいた。
「まずは展示会の柱を確認しよう」
やるべきことを紐解くように、アドバイザーHさんが言う。柱とは展示会で中心となる、一番輝かせたいモノである。社長からは、本展示会では当社事業の板金(薄板・新和)と金属3Dプリンタを主軸とするようにとのお達しがあった。それを念頭に全員で他社のブースとの差別化を図るためにも和信産業グループの強みを確認していく。仕入から最終工程まで営業が一貫で行えるから、お客様が望んでいる形まで素材選択の段階から寄り添うことができる。自社だけではなく、外注や協力してくれる会社もあるから加工手法の多さも売りだ。多少値は張るかもしれないが、お客様から品質トラブルが少ないから和信産業から仕入れると言ってもらえる……。和信産業グループの強みをその場にいる全員が認識を確かめた所で、全体の工程への確認に移った。展示会のコンセプト、ターゲット層の決定、ブースデザイン、展示会本部への書類申請各種にパンフレット等配布予定物の確認etc…。ざっと、何をいつまでに決めなければならないのかを確かめ、次回までに担当部門(薄板、板金、厚板、金属3Dプリント)のヒアリング結果を纏めることが宿題となった。Hは薄板、Yが厚板、Sが金属3DプリントでTが板金を担当し、それぞれ展示会で各部門が狙いたいことをヒアリングしてくる。
展示会開始まで、あと4か月。彼らは再び展示会打ち合わせのため、本社の応接室に集まっていた。今日の会議は前回の会議で出た宿題—各部門のヒアリング—の結果発表から始まった。
薄板部門(担当者H)
最大の強みは豊富な設備力。最近は自動化にも力を入れていて、コスト削減を目指している。今後はスリッターやレベラーの仕事を増やしていきたい。
厚板部門(担当者Y)
弊社所有工場の中で最大級の土地と人員がいる。今後は長期的に取り組める案件が欲しい。
金属3Dプリント部門(担当S)
再現性と縮小、軽量が得意な部門。またCADデータ販売にも力を入れていきたいそうなので、CADデータの実演などリアルタイムでのライブを行ってニッチな層に刺さるようにしたい。
板金部門(担当T)
設備や量産、設計から完成までが実現可能ということを最大限アピールしたい。
各部門のバラバラな方向性に、彼ら4人は黙り込む。キャッチコピーを見つけようにも何をとっかかりにすれば良いのかてんで分からない状態だ。
各担当者から見たそれぞれの事業の強みと共に、俯瞰して考えるべきなのは和信産業全体の強みである。4人は再度、和信産業の強みを考える。設備力・技術力・費用感・納期・将来性・対応力や独自性、実績、地域密着具合etc…。和信産業グループとしての強みも弱みも各々頭の中に叩き込みながら、キャッチコピーの骨組みを考えていく。和信産業の最大の強みは材料調達から完成品までできる手法の多さ。しかし歴史を振り返れば、始まりはトタン板を作る所から約70年の時間を経て、今の形になった。深く考え込む彼らの中で、Yが口を開いた。
「和信産業は、70年間ずっと鉄鋼業界で鉄を材料にしてきた。同時に70年間ずっと鉄を通して新たなチャレンジを行ってきた会社だと思う。そしてそれはこれから先も変わる事はないんじゃないかな。だから『鉄でなにができるのか』をキャッチコピーにするのはどうだろう?」
Yの提案に賛同の声が上がる一方で、外部アドバイザーHがもうひとひねり欲しいと漏らす。『鉄でなにができるのか』という言葉は現在の印象が強い言葉だ。これだと和信産業が持っている会社としての70年の重みと未来を目指す軽快さが足りない。そこで再度メンバーは、Yから出た『鉄でなにができるのか』を軸にもう一つ、過去と今と未来を繋げる言葉を考える。和信産業は、どんな会社なのか。和信産業は、ずっと、鉄で何ができるのか考えてきた会社だ。それが答えだった。【鉄でなにができるのか考え続けてきた企業です】(そしてそれはこれからもずっと)と予感させるキャッチコピーになった。
展示会まで、あと3か月。4人はまたしても本社応接室に集まっていた。展示会打ち合わせのためだ。今回は、先月やっと決まったキャッチコピー【鉄で何ができるか考え続けた企業です】をコンセプトに据え、展示コンテンツの確定やブーステーマを決める。するとおずおずとメンバーの一人であるSが一枚の紙をテーブルに広げた。
「なんとなく何ですが」と言いながら出された資料は簡易的に描かれたブース図案だった。Sが図案の説明をしていく。
「初回の申し送りで頂いた前年度の反省点を踏まえて、左側のほうにバックヤードを作ってみました。また奥に各部門の商談スペースを兼ねた展示スペースの展開と手前の台に各部門のキービジュアルとなるものを置けたらなと思います。それと左側はモニターとかCADデータの実演に使えるかなって」
Sの説明を聞きながら、他のメンバーも意見を交わす。使用する家具はstiiilll(※新和が展開する仮設をコンセプトとした家具)の製品を使用したい。各部門の並びは創立順にするのはどうだろうか。なら和信産業創立の旗を持っていこう。キービジュアルの目立つ位置には今の和信ができる事を展示して見てもらおう。様々なアイデアが湯水のごとく沸いて出てくる。見てもらうためには、目を惹くには、どうしたらよいか。外部アドバイザーの2人も交えながら会議は弾んでいった。
展示会まで、あと2か月。展示会出展にあたり目の前に差し迫った必要書類の提出期限が迫っていた4人は、仕事の傍ら本社2階の応接室に集まっていた。展示会主催会社にブースで使用する機材や道具の申請に始まり、主催会社側公式HP内の各社紹介文の作成、当日配布するパンフレットや名刺の準備のための書類申請など、行わなければならない書類仕事が待っている。誤字脱字や情報の誤りがないように確認を行う中、誰かの声が響く。「あれ、小間番号が違う」
展示会一月前に公表するプレスリリース用原稿を確認しているときだった。リリース文の最後に記載されたブース番号がブース場所変更前の番号のままだったのだ。急いでメンバー全員で他の書類を確認する。結果、ブースデザイン会社に発注した番号と他部署に依頼したプレスリリース原稿だけが前の記載のままだった。ブース場所変更に伴うブース番号変更に対する運営からの告知は、運営メンバーのみならず展示会関係者全員に通達されていたものの、確認方法は出展者用サイトでの確認だったため、今回サイトログイン用のパスワードを知っている者(運営メンバー)とそうではないもの(関係者)との間での情報共有の欠落が原因だった。
両書類とも提出する前に気づいたことに胸を撫でおろすと共に、展示会メンバーでのこの小さなすれ違いが、近づく展示会開催に向けての準備に影を漂わせていた。
-休話ー展示会開始まで約1.5か月前――都内某所
5月の大型連休を利用して、外部アドバイザーのもとにやってきたのは外部との連絡役を担っていたYと自主的にブース図面を作成していたSだった。彼ら2人が相談したい内容として持ってきたのは、同期4人の足並みをどうしたら揃えることができるか、だった。
彼ら4人は同期入社であるものの、1人は事務方で他3人は外回り営業だ。顧客第一優先で動く営業部と比較的月日通りに動くことの多い管理部では業務時間内にじっくり顔を合わせることも話し合うことも難しい状況だ。そのため展示会に関する諸書類の確認や事務作業の多くを彼ら4人の中では比較的業務の融通が利きやすいYが自然と担っていた。そしてそれは外から見ていたアドバイザーの目にも明らかであり、ただの自主性で片付けるよりも他3人の業務状況を知っているが故のYが持っている責任感と献身の結果である。
故にYは不安を抱えていた。展示会開催までに間に合うのか、満足のいく結果が出るのか。思う通りに準備が進まないこと、彼ら4人で満足に話し合う時間が取れないこと、完成までの見通しが持てないこと、全てがYの不安だった。
そしてその不安はYだけのものでもなかった。業務の時間内に時間を確保するのが難しくともできる事は行いたいと考えるSもまた、同じような不安を抱えていた。
彼らの不安を一つ一つ取り除くように対話を重ねつつも、結局は迫りくる日に向けて前を見据えるしかないのだと、彼らは覚悟を決めた。
展示会まで、あと1か月。全員集まっての打合せ最終日である。この日は社長に展示会準備の報告を行う日だ。展示会コンセプトの発表から始まり、ブース内配置の説明、現段階で決まっている各部門の展示物について報告した。報告を聞き終えた社長からは【良】の字を貰ったものの、懸念事項があるようで眉をひそめる。
「新和のstiiilllブランド製品をブース内の展示に使う棚やテーブルで使用するアイデアはとても良いんだけど、現物を確保できるの?」
新和のstiiilll製品―仮設家具をコンセプトにした店舗向け新規家具ブランド。シンプルでありながら洗練されたデザインかつどんな内装でも組み立てられるという強みを持った家具ブランドである。新和が力を入れている事業の一つだが、人気があり在庫の確保が難しいらしい。新和の社長も兼ねている社長の懸念事項はまさに現場を把握しているからこそだ。
「担当者の方には話を通していますが、再度確認します。あと、板金部門で展示するサンプル品についてのお話もしているのですが、なかなか返事が貰えず……」
新和担当のTがそういうと、社長は今やってしまおうとスマホを取り出して新和に電話を掛けた。二言三言、電話先で話し、通話を切った。「これで確保できたと思うよ」というと、次の仕事に向けて席を立つ。これぞ鶴の一声である。
社長が退席した後も、しなければいけないことは多々ある。展示会期間中に頂いた名刺の取り扱い方やディスプレイで流す動画内容の確認、開場説明要員のシフト作成など、詰められる話しを詰め込んで、打合せ最終日は終了した。
あとはやらなければならないことを各自こなしながら展示物の確認やリハーサルを行い、本番を待つのみとなった。
―休話―展示会開始まで約0.5か月前――新和
一発本番で設営するより、一度リハーサルがてら実際に組み立てた方が、足りないものの確認ができるだろう。誰の発言だったか定かではないが、そんな流れで今回設置部品の多くを担っているstiiilll製品を作っている新和の場所を借りてリハーサルを行うこととなった。
問題が起きたのは、到着してすぐ後だった。実際の展示規模を確認するためマスキングテープで枠を作り、実際に展示物を置いてみようとする段階だった。
「ない」
先だって新和の担当者に今日の事は連絡していたはずだった。しかし、依頼していた設置物らしきものはあるものの、サイズもカラーも必要なものが揃っていなかった。連絡の最終確認を怠った事による認識のずれだった。
ないものはしょうがない。少しでも早くリハーサルを迎えられるように、皆で倉庫に向かい必要な備品を取りに向かう。いくら親交があるとはいえ歩き慣れていない新和の倉庫は、サンプル品と商品が入り混じっていることにより、彼らを混沌の中に引きずり込んでいた。設置に必要な素材の選別から使ってよい物かどうか、希望カラーがあるかどうか。倉庫と借りていた会議室を往復するうちに、希望サイズの備品は何とか確保できたものの当日希望カラーバリエーションの備品で設置できないことが確実になる事がわかり、彼らの心が憂いに沈む。
沈めば後は上がるだけだ。今ある素材と備品で当初目標の動線と位置確認のためのレイアウトを確認していく。実際に並べ、中を歩き、見る事での気づきは、当日へのイメージをしっかりとしたものに固める一助となった。
展示会から約1か月後。無事展示会を終えた4人は、千葉工場2階会議室に集まっていた。今年の展示会が終わったからといって来年以降は行わないとは限らない。次の機会を活かすためにも良かったこと改善したいことを外部アドバイザー二人を加えて話し合い、反省会を行う為である。 彼らの反省の中で一番大きかったのは、コミュニケーションだった。プロジェクトメンバー内での情報共有、展示会関係者内での情報伝達、そしてなにより社内外に対しての情報公開の遅延。反省しなければいけないことも、次のために改善案を考えなければいけないことも多々あった。
同時にやって良かったこともある。プロジェクト全体を通して言えば、和信産業グループについて深く知り考えることができたし、事前に板金部門と金属3Ⅾプリンタ部門で講習を受けた事で、普段あまり関わらない両部門について人に説明できる程の知識が身についた。
彼らにとって通常業務では得難い経験をしたこの半年は、彼らを成長させる糧となったことだろう。
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